鈴木忠平「嫌われた監督 落合博満は中日を変えたのか」

落合と言えば、打撃の三冠王を3回獲得、ロッテ、中日、巨人、日本ハムを優勝請負人として渡り歩いた大選手、かつ中日の監督として8年間に日本シリーズ5回進出、日本一に1回という堂々たる成績を残した名監督でもあった。しかし、現役選手時代からその言動が破天荒であったことでも知られる名物男、落合=「おれ流」。そんな落合の中日での8年間の監督時代を追ったフィクション「嫌われた監督 落合博満は中日を変えたのか」読了。勝負にこだわり、かつ契約にこだわった独特の人間性をスポーツジャーナリストとして接した経験を通して描いた名著であり、470ページの長編ながら、その面白さに引き込まれ、あっという間の読了であった。

落合が監督に招聘されたのが2004年のシーズンで2011年までの8シーズンを監督として采配を振るったが、その間の代表的な選手とのエピソードなどを交えて、なぜ彼が嫌われたのか、あるいは尊敬されたのかを考えさせられる。

私自身2000年代以降、あまりプロ野球に興味がなく、選手の名前はよく知らないのであるが、本書に出てくる選手では川崎、福留、宇野、和田、岩瀬ぐらいは名前を聞いたことがある。最初に登場するのが川崎投手。ヤクルトから鳴り物入りで中日に移籍したものの、肩の故障で勝ち星がないシーズンを過ごしていたが、2004年に落合が監督になったとき、開幕投手の指名を受ける。但し、誰にも言うなと厳命される。投手コーチには言ってあったことが後半を読むとわかるが、知っているのは3人だけ。そして約束通り開幕投手としてマウンドに上がる川崎だが、残念ながら撃ち込まれる。落合はなぜ川崎を指名したのか?川崎に引退の引導を渡すためだったと著者は想像する。

もっとも有名な事件?は2007年の日本シリーズ。リーグ優勝は逃したものの、クライマックスシリーズで巨人を破り日本シリーズに進み、あと一勝で日本一になる試合で、山井投手は8回まで一人のランナーも出さず9回で完全試合達成の大偉業がかかる。点差は一点。ここで落合はペナントレース同様、最大に信頼がおける岩瀬に投手交代。この交代劇は賛否両論あったが、勝負にこだわる落合の冷徹非常な面が浮かび上がったことでも有名。しかし、この場面で最も緊張したのは岩瀬だったでしょう。しかし岩瀬は期待を裏切ることなく3人で抑えたことは、とにかく立派。この交代劇の真相は山井投手が交代を申し出たということになっていたが、著者は落合の采配とみる。

中日の監督でまず思い浮かぶのは星野仙一。その星野は何年か先を見て若手育成してチームを作っていったと言われるが、落合はとにかく即戦力重視。定位置の8人は最初から決まっており、残るは投手のみ。新人獲得や補強は投手中心、それも即戦力になる人材。中田宗男というスカウトマンとしては、目を付けた高校生の獲得を進言するが、落合は社会人中心。落合の頭には球団との契約が最優先、すなわち監督は勝つこと、日本一になることがミッション。その為にはセオリー通り手堅く送って点を取り、手堅く守って勝つことが最優先される。その為のチーム作りと采配をすることが落合の役割であると割り切る。星野と比べてどちらが良い悪いは言えないが、確かに落合の試合は面白みがない、客も入らないという局面を迎える。

球団の経営陣が代わった2010年以降、落合との契約は3年契約の2011年で終了することになっているが、これだけの成績を残している監督を辞めさせることができるのか?親会社の新聞社は、ネット社会の中、経営には余裕がなく、当然に球団も余裕がない。優勝を重ねるうちにレギュラー陣の年俸は高くなるばかり、勿論監督の給料も。しかも、落合の野球は手堅すぎて球場は空席が目立つ状態。こうした状況から球団は2011年のペナントレース中に落合との契約終了を発表する。リーグ優勝はほぼヤクルトで決まりという状況でもあった。ところがこの発表から中日は連勝を重ね、ついにはリーグ優勝、そして日本シリーズ進出も決める。落合の怒りが選手たちに通じて、奇跡を起こしたような展開であった。残念ながらシリーズ優勝は3勝4敗で逃したものの、落合マジック満開のシーズンとなったのである。

一つのエピソードとして、落合はヘッドスライディングを選手に禁止したという事例がある。けがの危険性が高く、選手生命、ひいてはその選手の人生をつぶしかねない危険行為はするな!と厳命したとのこと。選手には、チームや会社のためにプレーするのではなく、自分のため、家族のためにプレーしろとも言っていた。極めて合理的でかつ民主主義的な発想である。ここに落合の「おれ流」の良さを著者は見るのである。

中日の監督を辞めた後は、これだけの実績を残しながら、何故か落合はどこの監督もやっていない。どこからもオファーがないのか、あるいはあっても断っているのか。本書の「嫌われた監督」にあるように、落合という名監督にチームを任せる度胸を持つ球団がないのが本当のところではないかと私は思うのだが。

今日はこの辺で。