雫井脩介「犯人に次ぐ2 闇の蜃気楼」

雫井脩介作品は「望み」以来約4年ぶり、「犯人に次ぐ1」を読んでからは15年ぶりとなりました。雫井と言えば「火の粉」という傑作がありますが、今回読了した「犯人に次ぐ2闇の蜃気楼」もなかなか読み応えがある、面白い作品でした。

主人公は神奈川県警の名物刑事の巻島刑事となるのでしょうが、この作品に限っては、犯罪者側の淡野、砂山知樹・健春兄弟、特に淡野という天才詐欺師が最大の主人公の趣。

砂山知樹は就活に苦労したものの、同じ横浜にある老舗菓子メーカーに就職が内定する。しかし、その菓子メーカーが製品偽装の不祥事により営業不振となり、内定取り消しの憂き目にあい、その後フリーターのような生活をおくっていた。そんな知樹に旧友の仲間から振り込め詐欺犯罪への誘いがあり、そこで淡野と男と出会う。知樹は健春と振り込め詐欺で稼ぐ生活を送るが、やがて神奈川県警の巻島刑事が率いる特殊犯に摘発され、知樹兄弟は運よく逃亡し逮捕を免れる。その後バーテンダーをしていた知樹の下に淡野が何度も現れ、振り込め詐欺と同じ手法で誘拐ビジネスへ勧誘される。根が犯罪者ではない知樹は何度も断るが、今のままでは一生浮かばれない人生となることを憂い、かつ淡野という男への信頼からその話に乗る。淡野の計画通り最初の誘拐ビジネスを成功させ、次のターゲットとして自分の内定を取り消した菓子メーカー社長の誘拐を淡野に持ち掛け、淡野は情報をどこからか集め、綿密な計画の下に社長本人と小学生の息子の誘拐を行い、社長である父親に言い含めて釈放し、そこから主に犯罪の頭脳である淡野と巻島刑事の頭脳戦と起動戦が始まる。社長は釈放時に身代金の授受方法について淡野から指示され、息子の釈放を第一に考え、最後まで警察には真実を言わない覚悟ではあったが、過去の不祥事の経験から犯罪者との取引には迷いがあり、土壇場で真相を警察に告白して、最初の身代金授受は失敗に終わる。しかし、淡野はそれも織り込も済みで、次なる手段として正に振り込め詐欺的の偽電話作戦で、警察や社長たちを翻弄し、まんまと授受に成功。しかし、それで終わっては犯罪者が勝利を収めることになり、雫井氏はそれをよしとしなかったようで、意外な見張り役が活躍して、知樹兄弟はお縄となる。

本作を読んでいるうちに、読者は犯罪者側である淡野、知樹兄弟を応援したくなり、何とか警察に一泡吹かせてやりたい気分になるから不思議。淡野という天才的な詐欺師、知樹兄弟、いずれも憎めない性格であり、神奈川県警の曽根本部長はじめ一課長、巻島含め、警察には負けるなという感情移入が起こるのである。勿論私だけの感情かもしれないが、権力者に対する弱者の抵抗を見る思いで、痛快感を感じるのである。一つの望みは、淡野は直前に隠れ家から出ていたため、警察に捕まることはなかった。そして知樹兄弟も淡野の素性を告白することはないはず。したがって、次作では再び淡野と巻島の戦いがあるのではないかと期待する。

話はそれますが、本作のはじめの方では振り込め詐欺の実態、いわゆるマニュアルに沿った犯罪が行われる場面が描かれる。「どうして騙されるのか?」と被害者を非難する人もいるが、これだけ周到な脚本が出来上がっていれば、少なからず騙されてしまうのも仕方がないかと思った次第。徹底的に騙す手段として、追い打ちで仕掛けて信じ込ませるテクニックが披露されています。本作の身代金の授受の場面、社長秘書の黒木に淡野が社長の声で、6:30に会社前で身代金を渡すように電話で指示。その直後知樹が警察官を語り。後ろからバイクで追跡しているので渡してもよいと電話で追いうち。最初の社長の電話を警察に知らせようか迷っていた黒木にとって、警察からの電話は、その迷いを吹っ飛ばす効果がありました。これでは信じない方がおかしいというような騙しのテクニックが存在することを、我々は知っておかなければならない。それを知っていても騙されそうですが。

今日はこの辺で。