中山七里「ドクター・デスの遺産」

中山七里先生が安楽死を題材にしたミステリー「ドクター・デスの遺産」読了。安楽死は各国とも大きな社会問題ではありますが、ことが人命にかかわる問題なので、政治的には誰も取り扱いたくない問題で、社会問題として話題が挙がって初めて法的な議論が始まるのですが、なかなか進展していない現状。そんな中、現在コロナウィルス蔓延拡大が医療をひっ迫させ、大阪などでは命の選択もされているとの話もある。若干テーマとしては違うのですが、末期患者の命の選択、本書でいえば「人間の死ぬ権利」を問う格好の小説である。

病気の末期患者が死亡した場合には、普通であれば病死ということで診断書が書かれ、遺体が焼かれて何ら疑いは持たれることはないが、警視庁に子供から、父親の死がおかしいと電話があるところから話が始まる。登場するのは中山作品の常連、警視庁の犬養刑事。疑問を抱いた犬養が司法解剖を要請し、解剖の結果、安楽死で使われる薬剤が遺体から発見される。父親は末期患者で母親が安楽死のネットサイトから依頼したことがわかり、首謀者を詰めていくのが本筋。犬養刑事には腎臓病の子供がおり、腎臓移植しない限り完治が難しい病で、安楽死を自分の子供の問題でもあると捉えるが、あくまで司法は殺人。

安楽死の条件が一応示されているが、それを満たしたからと言って、医師が積極的にそれを実行することは今でも御法度。法に従わざるを得ないのが日本の現状。

安楽死問題については、安楽死が合法化されているスイスで日本のALSの女性が安楽死を選択してスイスで最期を迎えるNHKのドキュメンタリーがあり、世間に衝撃を与えたが、この小説はそれ以前に書かれた作品。中山先生が使ったのは、国境なき医師団で看護師として戦地の悲惨な医療体験から、安楽死を「人間の死ぬ権利」として選択してきた女性の体験談。勿論その女性は悪意ある犯罪者ではないが、安楽死が許されていない日本では許されない行為。それでもラストのがけ崩れで埋まり、極度の苦痛を訴える末期患者を安楽死させることに目をつぶらざるを得ない場面は胸を打つ。

今日はこの辺で。