山前譲縁偏「法廷ミステリー傑作集 判決」

徳間文庫の「法廷ミステリー傑作集 判決」読了。当代一流のミステリー作家による法廷劇の傑作を集めた短編集で、読みごたえが充分にある作品。

松本清張「奇妙な被告」。金貸しの老人が殺害され謝金をしていた28歳の青年が状況証拠と自白で起訴される。国選弁護人になった原島は、殺害状況の矛盾を突き、無罪を勝ち取る。こうした状況は日本の現在の裁判では非常に困難と言われるが、自白の強要があったなら当然の判決ではある。ただしこの小説では落ちがあり、原島弁護士が1年後にふと手に取って読んだミステリーに、この危険とそっくりな状況が書かれており、果たして本当に無罪でよかったのかと公開を抱くところで終わる。

小杉健治「手話法廷」は、耳の不自由な青年が親切な友人の紹介で機械メーカーに就職。その職場で機械が倒壊して彼をかばって逆に大けがを負い、半身不随となった親友。会社は耳が不自由なことが原因で事故を避けられなかったとして、彼を解雇する。彼は解雇無効を訴え手話による法廷が始まる。会社の安全配慮義務を問う裁判で、当然に原告が勝利し、会社復帰するのであるが、彼をかばって半身不随となった友人との葛藤、その友人の奥さんと会社組合委員長との関係など、複雑な問題を絡めています。

夏木静子「証言拒否」。朝吹里矢子シリーズはテレビでもおなじみの弁護士物語。

中嶋博行「鑑定証拠」。中嶋氏は現役の弁護士でもあり法廷劇はお手の物。被告は捜査段階の自白は強制があったとして無罪を主張。被告が資産家の息子と知って当番弁護士から私選弁護士になった京森弁護士がDNA鑑定の虚構を暴いていく。足利事件でこうした弁護士がいたら、冤罪は防げたかもしれない。

土屋隆夫「死者は訴えない」は本書最高傑作と感じた作品。戦前の裁判官の物語ではあるが、戦後から現在に至るまで続く大きな問題をはらむ。強盗未遂殺人事件の犯人として青年が逮捕される。状況証拠からは間違いなく被告が犯人。しかし、被告は一貫して無罪を主張。自分にはアリバイがあるが、そのアリバイを自ら証言することはできないと証言し、傍聴席に向かってアリバイ証言を求める。しかし、悩める裁判官は死刑判決し、死刑は執行される。そのあとに裁判官に悲劇が訪れる。裁判官の息子が事故にあい死亡。死ぬ間際に父親に手紙を残す。(判決前に父親と息子の会話があり、息子が死刑制度廃止を訴える場面が伏線となっている。)実は息子が真犯人であり、その理由は彼の恋人が被害者の妾になることに反発したためであった。死刑になった青年は共産党の集会に出ていて、アリバイがあったのである。裁判官は、かつての上司に手紙で言い残して自死する。自分が誤って死刑判決し、一人の無辜の人間を殺してしまった。どんな判決をしても罪がない裁判官には自分で自分を判決するしかないという手紙であった。短編ながら長編並みの情交換のある傑作でありました。

横山秀夫「密室の人」。こちらも地裁総括判事が主人公。判事は開廷中居眠りをしてしまう。裁判官の居眠りはままあるようなのですが、これを問題にした記者と弁護士。地裁所長は大ごとにならないように判事を怒鳴りつけて収拾するように強く要請。判事は窮地に追い込まれる。一方、判事の妻は後妻として嫁いだが、判事の愛情を感じることができない悩みを抱え、睡眠薬を常用している。横山秀夫もさすがによく調べていて、4号から3号に上がる壁の問題、最高裁事務総局が人事をすべて支配する構図、司法官僚が跋扈する実態などを良く描写している。支部から支部支部巡りになるかならないかの瀬戸際に立たされた判事の苦悩が痛々しく描かれている。

以上6篇ですが、夏木静子作品以外は傑作ぞろいでした。

今日はこの辺で。