浅田次郎「姫椿」

久しぶりに浅田次郎の短編集「姫椿」を読む。1998年~2000年にかけてオール読物に掲載された作品の文庫本で、短編8作を収録していますが、いずれも珠玉の作品。今時間があって、小説に挑戦しようとしているのですが、いい教材になります。

特に気に入った5篇だけ感想を書きます。

「シエ」は中国の伝説上の動物。買っていた猫が死んでしまい、一人ぼっちになってしまった30代女性が、人間の人柄の良し悪しを見分けることができるというシエという動物を預かり、悪い男から解放される。施設で育った寂しい女性には、本当に幸せになってもらいたいと、つくづく思います。

表題作の「姫椿」は、会社経営がうまくいかず、自殺して生命保険金ですべて清算しようと思っている男が、タクシーに乗り、話し好きの運転手と話しているうちに、かつて奥さんと住んでいた場所へ行き、よく通った銭湯を20年ぶりに訪れる。銭湯の番台に座る老主人が彼と奥さんを覚えていて、その会話から妻の愛情を思い出し、死に場所ではなく、妻のいる家に帰ることにする。山茶花を姫椿と呼ぶ老主人といい、運転手といい、人間性のある人を登場させるところがたまらない。

「オリンポスの聖女」は、オリンピック開催中のシドニーが舞台。スポーツメーカーの社長には、大学時代から7年間同棲した恋人の典子さんが今でも頭の中にある。二人は幕間の二人芝居をやった仲。だが、男は会社を継ぐことを決意し、典子さんに芝居をやめて結婚することを求めるが、典子さんは残念ながらそれはできないとして二人は別れる。その典子さんを、30年ぶりにシドニーで見たのだった。典子さんは幸せなのだろうか?

「零下の災厄」は悲劇にもなるし、喜劇にもなる作品。マンションについた主人公のまじめなおじさんが、生垣で酔っ払った女性を見つけ、たまたま家族は留守の日だったので、行きがかり上その女性を部屋に入れる。その女性はシャワーを浴び、素っ裸で眠りこけてしまう。まじめな男は何とか返そうとバッグを見たら500万円のお金と携帯電話。携帯に登録されている番号にかけると、やばい筋の女ということがわかり、凍り付くが、やっとつながった人に迎えに来てもらう。そして現れた中年の男に迷惑料として500万円を置いていく。警察に届けようかと思っていたところ、翌日のニュースで二人が交通事故で亡くなったことがわかる。500万円はそのまま残ったのですが、女は誰だったのか、事件があったのか?浅田先生だけが知っている。

「永遠の緑」は、大学の先生とその娘さん、若くして亡くなった奥さんの物語。こういう話はどうしても涙が出てきてしまいます。悲しい話ではないのですが、父娘の愛情がうまく描かれています。大学の先生は、昔からの競馬好き。私も競馬好きで、特にカブラヤオーオグリキャップの名前が出てくると胸がどきどきしてきます。いずれも血統的には二流ですが、一世を風靡した名馬。先生と亡くなった奥さんのなれそめがカブラヤオーのダービー、奥さんがなくなる時がオグリキャップジャパンカップ。娘さんも今期を迎えているが、家事を何もできない父親を一人にはできない。先生も奥さんを今でも愛しているので再婚など考えられない。そこに一人の武骨だが人間性のある男が現れる話。みんな幸せになってもらいたいものです。

今日はこの辺で。