米澤穂信「本と鍵の季節」

米澤先生の原点ともいわれる「氷菓」に代表される折木奉太朗シリーズは、まだ読み始めたところですが、同じく高校生を主人公としたミステリー「本と鍵と季節」読了。

主人公は高校二年生の僕こと堀川と、同じ図書委員の松倉志門。二人とも相当鋭い推理眼の持ち主で、いくつかの謎を解いていく連作短編集。図書委員で本好きで、鍵がキーワードにもなっている作品から、「本と鍵の季節」という作品名になったようですが、初出が「913」の2012年1月から「昔の話を聞かせておくれ」の2018年9月、更には「昔の・・・」の続編が書きおろしとなっており、ずいぶんと間があるシリーズ。折木シリーズほどに力が入らなかったのかどうかはわかりませんが、本作も米澤作品だけあってなかなか読ませてくれました。

「913」は二人の出会いから始まり、3年生で図書委員の先輩の浦上さんから、亡くなった祖父の金庫を開けてほしいとの依頼を受け、数字合わせキーの数字を解き明かしていく話。浦上さんからの情報からついには数字を解き明かすのだが、その裏には、浦上さん家族の恐ろしい計画が隠されていたことまでも突き止めてしまう。

「ロックオンロッカー」は、街の大きな美容院に、4割引きにひきつられて二人で文句を言いながらも出向く。夕方とはいえ客は二人だけで美容師さんたちは手持ちぶさた。この美容院は客の手荷物を専用ロッカーに入れる設備を整えており、貴重品だけは「必ず」手元に置くようにとの案内がある。閉店時間ということで勘定だけ済ませてくださいと言われ、カット中にお金を払うのですが、終わって店を出るときには女性の3人組が客としてくるという不思議さ。松倉はその不思議さから、店内で盗難があり、囮の女性たちではないかと推理し、店内を外から見守ることに。果たして窃盗犯は誰か?

「金曜に彼は何をしたか」は、同じ図書委員で1年生に上田君の兄が、期末テストの答案を盗んだとの疑いをかけられ、弟が二人に兄のアリバイの証明を依頼。上田の兄は素業が悪いことで有名なため、学年主任の教師は犯人と決めつけているが松倉はそれが気に入らない。二人は上田の自宅に赴き、兄の持ち物などから、見事に兄のアリバイを証明する。兄は、別居中の父親が入院している病院に見舞いに行っていたことが証明される。更に、この事件には目撃者がいたが、実は目撃者が観たのは松倉であったというおまけ付き。

「ない本」は深刻な話。図書委員の当番をしていた二人のところに、3年生の長谷川先輩が現れ、自殺した旧友・香田が本に遺書をはさんでいるかもしれないので、その本を探してほしいと頼みに来る。香田の借り入れ簿を見ればすぐにわかるのだが、二人は規則を盾に借り入れ簿の閲覧は拒否。どんな本だったかを長谷川から聞き出し、絞り込んでいく方法で探すことに。その過程で二人は長谷川の嘘を見抜くことになる。長谷川がなぜこんなことを頼みに来たのかについては、堀川と松倉の考えは違った?が、おそらく生前に香田から遺書を預かり、長谷川は止めることもできずにいたら本当に自殺してしまった。長谷川が預かった遺書が、偶然図書室で見つかったことにしたのではないか、というのが堀川の推理で、実は松倉もそれをわかっていたのではないかと堀川は推理するのであった。

「昔話を聞かせておくれよ」と「友よ知るなかれ」は同じ話題の話。図書委員として図書室で過ごす二人は手持ちぶさた。松倉が「宝探し」をした過去の話をお互いしようと持ち掛け、堀川もそれに乗ることに。堀川が話した後、松倉は自分の父親が6年前に亡くなる際、どこかにお金を隠したのではないかと考え、6年間探し続けてきたが、いまだに見つかっていない話をする。松倉の話からいくつかの疑問点から、堀川は松倉家には車が2台あるのではないかと指摘し、その車を奇跡的に発見する。その車の中に502と記されたカギと古い文庫本が見つかる。文庫本のカバーを外すと、ある町の図書館の名前が出てきて、その町のマンションの502号室ではないか、までたどり着く。松倉の父親は、ある金持ちから多額の金品を奪い、それを隠したが、誰も知ることなく死んでいったのであった。「友よ知るなかれ」は、松倉がその宝を見つけ出して、全額返すのか、それとも自分の家族のためにいくらか残すのか?堀川の知るところではなかった、でジ・エンドとなりました。

今日はこの辺で。

映画「ブルー・バイ・ユー」「ブラックボックス」

本日はギンレイホールにて映画二題鑑賞。入館すると悲しい知らせのチラシをスタッフからもらいました。ギンレイホールはかなり古いビル、銀鈴会館に入っているのですが、築63年ということで、耐震等などの問題もあるのでしょう、建替えることになり、入居しているギンレイホールも11月27日(日)をもって閉館するといいもの。1974年にギンレイホールとして誕生し、名画をたくさん上映してきた映画館がなくなってしまうとのこと。チラシには新しい入居先を物色中とのことですが、都心の近くにいい物件があればいいのですが。とにかくしばらくは、ギンレイホールで映画が観れなくなるのは大変残念。この映画館は今時のシネコンのようなゆったり椅子ではないですが、なんといっても年間パスが11,000円という金額で、最大54本映画が観れるというのが魅力。年配客が多いのですが、皆さん早い再会を待ち望んでいる表情が伺えました。

アメリカ映画「ブルー・バイ・ユー」は、幼少期にアメリカの里親のもとに移住してきた韓国人青年が、白人女性と結婚したものの、不法滞在とみなされ強制送還か裁判かという土壇場に立たされ、裁判を行うための弁護士費用調達のためバイク泥棒に加担してしまい、死ぬ覚悟までする物語。アメリカでは里親の間を転々とし、最後に養親になった男からは虐待を受けるという悲惨な人生を歩んできた青年。必死に支える奥さんと子供の可愛さが印象的。2000年以降は、こういった青年もアメリカ国籍を取得できるようですが、それ以前にアメリカに来た人には自動的には取得できない法律上の問題が、今でも強制送還を生んでいることが最後にテロップされます。大変感動的な作品でした。

フランス映画「ウラックボックス」は、300人を乗せた旅客機が墜落し、その墜落原因を突き止めていく男性が主人公。最初は機体の欠陥を主張するが、その可能性がなくなり、落胆するものの、彼は更に真相を突き止めるため活動し、ついには旅客機運転システムのハッキングが原因であることを突き止める。こうした緊張感あふれる映画はフランス映画では珍しいが、これも大変見ごたえのある作品。ついにはブラックボックスを池の中から発見し、墜落の真相を記録したデータを取得し、パートナー女性のところに転送。彼は運転中に車両がハッキングされパリに帰る途中に死んでしまうが、パートナーが最後の最後に真犯人の悪事を公の場でさらす。この最後の場面は「女神の見えざる手」の聴聞会でのどんでん返しの場面に似ていて痛快でした。

今日はこの辺で。

米澤穂信「いまさら翼と言われても」

米澤さんは、昨年下半期に「黒牢城」で直木賞を受賞しましたが、ノミネート3回目での受賞ということで、まずまずの早さでしたが、受賞以前から堂々たるベストラー作家で、候補作になった「満願」や、「王とサーカス」など、骨のある作品をいくつも執筆しています。そんな中で、折木奉太郎という高校生を主人公とした学園ミステリーもシリーズ化されており、今回はその一冊である「いまさら翼と言われても」」を読了。高校生が主人公で、殺人事件などが発生するわけではない学園ものなのですが、さすがは米澤先生、こんなところでも才能を発揮されていました。

表題作を含め6つの短編が収録された連作。出てくるのはほとんど高校生で、折木、親友の福部里志、伊原摩耶華等々。

「箱の中の欠落」は奉太郎たちが中学生時代の話。生徒会長選で福部が選挙管理委員として立ち会った開票の場で、票数が生徒数よりも一クラス分、約40票多くなったというミステリーが発生し、折木に相談するという話。折木は冷静に投票システムを分析して、票が多くなった唯一の可能性を指摘し、その通りにある人間が工作していたことが判明する。誰が犯人かということは語られず、ひたすら折木の観察眼の鋭さが第一作で証明される。

「鏡に映らない」は、伊原摩耶華が中学時代の同級生に逢い、そこで折木の話が出て、折木という生徒の本性を探る話。中学3年生が記念品を作って学校に寄付するという伝統行事があり、折木のクラスでは大きな鏡とその周りの手作りの額を作ることに。額のデザインはクラスの中で一番絵が上手な女子生徒が書き、それを木に掘っていくという工程。ところが折木は、下絵に従わずに、全く違った構図で彫ったことで、クラス中の生徒から非難されたことがあったが、伊原はなぜ折木がそうしたのかを中学まで見に行き、とある女性生徒がその構図で侮辱されていることを知って、折木という男を見直すことになる。

「連峰は晴れているか」は、中学時代の英語教師だった小木が授業中にヘリコプターが飛んでいるのを見て、「ヘリコプターが好きだから」と口にしたことに関して、折木はとある疑問を持つ。実はその時近くの山で遭難事故があったことから、何か小木がそれに関係しているのではないかと不審に思うのですが、実はこのミステリーは本作では解決されず、あとの編でもこの話は出てこない。何か中途半端というか、あるいは続編があることを暗示しているのかもしれない。

「私たちの伝説の一冊」は、伊原摩耶華が主人公。伊原は漫画クラブに所属しているが、同じクラブ員から同人誌の発行をするので何か書いてくれるよう依頼される。漫画クラブは30人近くの大所帯だが、描く派と読む派に分裂状態。伊原は漫画雑誌に投稿するほどの描き派だが、構想を書いたノートが何者かに盗まれる事件が発生。そして先輩の元部員から呼び出され、同人誌なんで止めて、自分と一緒に本格的に描こうと誘われるのであった。

「長い休日」は、折木が休日の散歩でとある神社へ。そこで二人の女生徒と出会い、折木が女生徒に、なぜ自分が「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなけれなならないことなら手短に」をモットーとしているかを、小学生時代のエピソードから一人の女性徒千反田るいに話すのであった。

表題作「いまさら翼といわれても」は、前作に登場した千反田るいが、合唱コンサートに出るはずが約束の時間になっても現れず、折木、福部、伊原が彼女を探すが見当がつかない。彼女と一緒に会場に一度は来たという年配女性は必ず来ると言っている。折木はその女性が何かを知っているのではないかと彼女から聞き出して、そこに向かう。るいの実家は菓子店を経営しており、彼女はそこで働くと決めていたが、親から継がなくてもいいと言われ悩んでいたのであった。正に、「いまさら翼といわれても」の心境なのであった。それにしても、それを見抜いた折木の観察眼は天下一品ものでありました。

今日はこの辺で

伊兼源太郎「事故調」

「ぼくらはアン」に続いての伊兼源太郎作品「事故調」読了。

「事故調」とは、言わずと知れた「事故調査委員会」。志村市という架空の海辺に面した市を舞台に、人工海浜の陥没穴に転落した小学生の死亡事故調査委員会を正面から取り上げる話かと思いきや、本作の展開は、警察を自己都合退職し、今は志村市の広報課の職員となっている黒木が、事故の原因を突き止めていくという話。

黒木は、警察時代に師と仰いだ先輩刑事を犯人逮捕時に殺されたことを自分の責任と思い退職。現在は市役所広報課の職員となっている。そんな志村市で砂浜での小学生死亡事故があり、20年間市長を務める権田から、佐川部長を通して事故調の委員長となった佐藤教授の弱みを見つけて、市に有利な結論を出してほしい旨の脅迫的な依頼を行うような役回りをするが、被害者家族に会って、いかに愚かなことをしたかと反省し、その撤回を佐藤教授に申し入れるが、実際には事故調の結論は自然現象であり、市に責任がない旨の報告になるような雰囲気を感じて、自ら真相解明に乗り出す。そして、警察時代の協力者や、同期の刑事らの協力を得て真相に迫っていくという流れ。

事故が起きても市長が謝罪しないことから、「志村市は腐っている」の声も高まり、黒木自身がそれを痛感していく過程や、自分が退職した理由、更には上司の佐川部長が妻子と娘を自死で亡くしている事象などが語られ、最後はその佐川部長の長い長い復讐劇でもあったことが明かされるのは、予定調和的な展開か。佐川部長の存在が何となく小出しに出てくるだけながら、黒木を後押ししている表現になっており、もしかしたら佐川部長が絡んでいるのではという推測は誰もがするのではないかという展開。

自分が過去に犯したちょっとしたミスが、大事故につながりかねないことを警告するような話でありました。

なお、佐川部長の過去の仕事で部下が亡くなり、それが原因で妻や娘が役所の人間から疎外されるという話は、さすがに「そんなことがあるのか」と思わせる違和感を覚えました。

今日はこの辺で。

伊兼源太郎「ぼくらはアン」

伊兼源太郎が、無戸籍にならざるを得なかった双子の男女きょうだいと、日本国籍のないタイ人少女マヨンチット、そして疎外感を持つやくざの子供である誠の4人を主人公に、彼らの子供時代と、成人して彼らの不幸の下を立つ3日間を描いた「ぼくらはアン」読了。

諒佑・美子きょうだいは、母親がDVを受けた後に家を出た後に双子を出産。身元を知られないために出生届を出さず、無戸籍となる。その二人の前にタイ人きょうだいと出会い、更にじいちゃんと呼ばれる老人に出会い、無戸籍、無国籍ながら、母親とじいちゃんの下、すくすくと成長していく。これが第一部の1994年~2008年の出来事。この間、悪役の仕業で母親とじいちゃんが亡くなるが、強い結束力で4人は成人していく。

第二章・第三章は2019年12月22日~25日では、4人がDV父親である元警察官僚と誠の父親との戦いが描かれる。二人とも戦時中の隠退蔵物資の在処を狙って誠と諒佑を追い詰めるが、間一髪洞窟内での戦いに決着をつける。しかし、誠は残念ながらその戦いの中で命を落とすことになる。エピローグでは、諒佑が誠の戸籍を引継ぎ、マヨンチットと結婚し、美子は無戸籍のまま有名画家を目指すという、一応のハッピーエンド。

エピソードはたくさん盛り込まれ、特に子供時代の話はスリリングで、話に引き込まれますが、やはり推理小説の結末は予定調和的でいまいち。

本作では、戸籍の取得の煩雑さ、自治体の無責任さが強調されて描かれますが、マイナンバーができた今日、戸籍の必要性も議論すべきでしょう。

今日はこの辺で。

伊岡瞬「代償」

伊岡瞬氏の2014年書下ろし作品「代償」読了。

生まれついての悪人、更生しようのない悪人という人が世の中にはいるということを昔何かで読んだことがありますが、本作はそんな悪人と出会ってしまった少年、後に弁護士となる奥山啓輔を主人公に、達也という遠い親戚筋の同年齢の男との不運な出会い、達也が仕組んだ悪だくみによって両親を失い、啓輔が達也と同居せざるを得ない状況に追い込まれ、達也の義母からも仕打ちを受けながら苦痛の日々を過ごすことになる3年間を第一章で描き、第二章では善意の人間との出会いから苦痛の生活を抜け出し、弁護士となって再び達也の悪と戦うことになる姿を描く。

達也は自分の手を汚さない形で犯罪行為を繰り返し、弁護士というステータスを得た啓輔を追い落とす算段を企む。その為に、強盗致死事件の犯人として捕まり、啓輔を弁護人に指定し、弁護士資格を失わせるような悪だくみを仕組む。啓輔はその悪だくみにまんまとはまり、危うい状況に追い込まれるが、小学生時代からの親友である諸田寿人の強力なバックアップを得て、達也の犯罪の全貌を暴いていく。後半は寿人が名探偵宜しく、啓輔よりも重要な役割を担うことになる。

本作は第一章でぐいぐい読者を引き込み、第二章の中盤までは申し分ない展開だが、終盤にかけての謎解き部分は、前半の期待感を完全満足させるものではない。推理小説の終盤の組み立ての難しさを、読者としてつくづく感じるところである。それでも、一気読みさせてくれる魅力ある作品には違いなく、伊岡ワールド全開のミステリーでありました。

今日はこの辺で。

選択的夫婦別姓制度の賛否アンケートに見る世論調査の曖昧さ

2022.08.22(月)朝日新聞朝刊の一面トップ記事は、選択的夫婦別姓制度の賛成反対を求める世論調査が、意図的に質問内容を変えていたことが報じられていた。

調査の結果は、過去の調査時に比べて賛成の回答が過去最低になっていたとのことである。朝日新聞の情報公開請求に基づき出てきた事実は、法務省自民党の圧力に負けて質問内容を変えていたことが分かった。法務省の言い分は、「法務省が持たない」ということで、当時の野田聖子男女参画担当大臣の抗議にもかかわらず、法務省自民党の右派の圧力に完全に屈服していたのである。ここにも旧統一教会日本会議の圧力が感じられなくもない。今年5月16日の決算委員会で、共産党の小池書記局長が的確に質問し、内閣府は継続性を踏まえて同じ質問にすべきだと答弁していたが、それに対して法務省の答弁は全く質問に答えず、本題からそらした回答をしている。法務省の官僚が自民党の圧力があったとの答弁ができない苦渋の答弁になっていることが明白である。

統計不正が大問題になったが、世論調査やアンケート調査というものの、恣意性がいくらでもできるという典型例である。

今最も世論調査で関心があるのは安倍元首相の国葬の賛否であるが、一部のメディアは、国葬とすることを「評価する」「評価しない」という質問としていたが、単に「賛成」「反対」の方が分かり易いことは一目瞭然。国葬については、反対が断然多くなっているのを無視して、岸田首相は断行するのか?岸田首相の早まった決定が命取りになるかもしれない。

今日はこの辺で。